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KIFAリポート86号掲載 (2013年7月発行)

「あなたは何年生まれ? えーと えーと 干支の話」


楊 旭 さん

 中国の昔の人々は、季節を数える数字として十干と十二支を編み出しました。1ヶ月を上、中、下旬と十日ずつに分け、その名を、甲、乙、丙、丁、戊、己、庚、辛、壬、癸としたのが十干です。十二支は、子、丑、寅、卯、辰、巳、午、未、申、酉、戌、亥の12種の動物に替えて利用が始まりました。十干と十二支を組み合わせて、一般的に干支と呼びます。干支は年齢以外に、時間や方向など、昔は広く利用されました。例えば、今年は癸巳、来年は甲午、このように組み合わせは全部で60種類あります。最古の漢字の甲骨文にも干支で時間の記載が確認でき、易を使う占いの基本となって、歴史が深いです。

 中国では元旦は日本と同じ新暦の1月1日ですが、お正月は旧暦の1月1日で、新暦に当てると1月21日から2月20日の間で毎年変わります。私は1974年2月2日(旧暦1月11日)生まれ、干支は虎と思っていましたが、ある日、日本語サロンで先生から中国の干支の変わりは立春であると聞き、驚きました。立春は24節気の一つで、新暦の2月4日頃です。私はその前に生まれたから、干支は牛年になるのです。虎の頭から牛の尻尾、まるで天から地へ落ちた気分です。なるほど、4000年ほど前から、中国の春節は立春でした。





ところが、中華民国の建国の時(1912年元旦)国父孫文は旧暦を廃止し、新暦の導入を宣言しましたが浸透せず、民間では両方使用するようになりました。その2年後、初代総統の袁世凱によって、春節は旧暦の1月1日と決められ、現在に至ります。庶民の間では、春節を干支の変わりを基準としていることは昔も今も変わりません。しかし、春節は立春から、旧暦の元日に変わったことにより、干支の変わり目もややこしくなるのです。長い歴史を大切に守りたい気持ちかもしれませんが、私は立春こそ干支の変わりと思います。



びょうき、しゅっさん、こそだて、がっこう、てつづき



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